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[新潟水俣病認定]なぜ7年前に…68歳の顔には怒り


 「なぜ7年前の最初の申請で認めてくれなかったのか」。13日、22年ぶりに新潟水俣病と認定された新潟市の中村五三吉(ごさきち)さん(68)の顔には怒りが浮かんだ。今回、一緒に認定された兄の今井芳夫さんは昨年11月、肺がんで70歳で死去。中村さんは「被害者は年老いている。もっと早い認定制度を」と訴えた。

 2人は阿賀野川河口近くの漁師の家に生まれ、毎日のように魚を食べて育った。1965年の新潟水俣病の公式確認から数年後、2人には手足のしびれなどが出た。当時は患者と分かれば地域で差別を受け、職を失う恐れもあった。両親と兄、姉は患者と認定されたが、2人は軽かった症状をひた隠しにした。

 だが、年とともに症状は悪化。とび職だった中村さんは手足の感覚がなくなり仕事をやめ、今井さんも足のけいれんがひどくなった。2人は「もう耐えられない」と00年に申請した。

 申請を棄却された01年に行政不服審査を申し立て、昨年5月に認められるとすぐに再申請。「まだ被害を訴えられない人たちを勇気づけよう」と2人は実名で訴え続けた。その後、今井さんは「お前だけでもいい結果を」と中村さんに言い残して他界した。

 13日、自宅で通知を受け取った中村さんは「長い闘いだった」と安堵(ど)の表情を見せる一方、「(兄のことが)残念でならない。一緒に闘ってきたんだから」と涙ぐんだ。【前谷宏、松本春香】

 ◇患者の新救済制度論議が後押し

 長期間ストップしていた審査会が開かれ、新たに患者が認定された背景には、自民、公明両党の「与党水俣病問題に関するプロジェクトチーム」(座長・園田博之衆院議員)が9日、国の認定基準を満たさない患者の新救済制度を6月中にまとめる方針を打ち出したことが大きい。環境省は4月から熊本、鹿児島、新潟3県の未認定患者を対象に実態調査を進める計画で、その結果が救済策に反映される。

 水俣病をめぐっては、04年10月の関西訴訟最高裁判決で救済の範囲を国の認定基準より広く認める判断を示した。国の認定基準と食い違うため、関係自治体は「二重基準のままでは審査ができない」として審査会が開けない状態が続いていた。

 環境省幹部は「政治レベルの動きを、自治体が好感を持って受け止めてくれたことが大きい。審査会は最高裁判断ではなく、国の基準で認定しており、今後も継続して審査をしていただきたい」と話している。

 今回の認定に政府関係者は「今回はもともと、最高裁判決前に申請をしていた患者で、認定の可能性が高かったと聞いている」と話す。認定基準は現行のままのため、多くの未認定患者にとって「患者の切り捨て」との不満がどこまで解消されるかは微妙だ。

この国はこういうことに関しては本当に行動が遅い。
時間が果てしなくあるわけではないということを知っているのか、知らないのか。
裁判一つえんえん一生の行事のようになっているあたり、その間の時間は帰ってこないという事を考えれば、もっと早く結論を出すべきだと思う。

(引用:ライブドアニュース)
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