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名スカウトはなぜ死んだか


1998年11月27日午後1時50分ごろ、プロ野球オリックス球団の三輪田勝利スカウトが、「ドラフト制度改革 逆指名制度はナンセンス」という走り書きを残して、沖縄市内の11階ビルから飛び降り自殺を遂げた。
本書「名スカウトはなぜ死んだか」(著者:六車護、発行:講談社)は、三輪田スカウトの大学時代、同じ野球部であった新聞記者の六車護氏が、友人の自殺の理由を探りながら、遺族に取材を進め、遺族が三輪田スカウトの自殺当日の足取りを追った経緯などをつづり、三輪田スカウトが亡くなってから4年経過した2002年11月15日に刊行された本である。

あ。そういえばそんなこと報道されてた気がします。
度重なるプレッシャーによる衝動的なものかと思ってたんですが。
 三輪田スカウトは、当時、ドラフト会議を終え、特定の球団を逆指名した高校生投手を獲得するため、沖縄に飛び、表舞台に出ない仲介人を相手に億単位の裏金を巡って交渉していた最中に、宿泊していたホテルに走り書きを残して、宿泊していたホテルを出て、そのホテルとは逆方向のマンションを自殺現場に選んだ。この事実を、三輪田スカウトの遺族である妻や娘は、突然の夫(父)の死に衝撃が走る一方、夫の死に不可解さを抱いている点を、六車氏が遺族に聞き取り、まとめられている。

 神戸に住む三輪田スカウトの遺族は、三輪田スカウトの自殺の知らせを聞いて、沖縄・那覇署の霊安室に向かったという。そして、三輪田スカウトの妻の民子さんと娘が、変わり果てた夫(父)と対面後、三輪田スカウトが選手獲得のために滞在していたホテルに向かった時の様子、同行スカウトが那覇署、球団、妻の民子さんに話した内容、六車氏自身が、三輪田スカウトの死亡当日の足取りを追うため沖縄に飛んだときの様子を、六車氏はつぎのように記している。

三輪田スカウトの遺族が、三輪田スカウトが宿泊していたホテルに向かった時の様子
 「ベットの枕もと、電話の横にホテルのメモ用紙があった。何か書いている。民子は手に取ってみた。横10センチ、縦15センチほどの紙にはぼんやりとだったが、文字が確認できた。ボールペンで書いたものだろう。はっきりとした筆跡が残る1枚目は剥ぎ取られて見当たらなかった。夫が破り捨てたのだろうか。そこにあるのは2枚目に加えられた筆圧によるものだった。誰かの手で軽くこすられていて筆跡が読み取れた。手を加えたのは現場検証に来た捜査官かと思われた。文字は横書きだった。『ドラフト制度改革 逆指名制度はナンセンス』民子は紙片をていねいにバッグの中にしまった」

三輪田スカウトに同行していたスカウトが、那覇署、球団、妻の民子さんに語った内容
 「ことが起こったあと、山本が那覇署、球団、民子に語った午前中の行動はつぎのようなものだった。8:00散歩(ホテル近くの波乃上神社)、8:20ホテルに戻る、8:30 1階レストランで朝食(三輪田は食欲がないと言い、ソーメン1杯だけ)、8:45コーヒーを飲む、9:00二人で沖縄銀行へ行く(三輪田は今後の費用に、と15万円を引き出す。「新垣のところへはメロンを買っていこう」)、9:15 一階レストランで休憩、9:30 ホテルの自室へ(フロントに「部屋でちょっと休むから、掃除は昼の一時ごろにしてほしい」と伝える)、10:20 山本が三輪田の携帯に電話するがつながらなかった。」

六車氏自身が、三輪田スカウトの自殺した日の足取りを追い沖縄に飛んだときの様子
 「フロント女性に来意を告げると、即座に答えた。『私、あの朝、ここにいて三輪田さんを見掛けているんです。もう一人、一緒だった娘がいますよ。』チーフらしきフロントマンがやり取りを聞いていて、口添えしてくれた。『ここはいいから、そのテーブルで話をしてあげたら』私は、二人の女性フロント係と椅子に座って向き合った。ここでも彼女たち口を突いて出てきたのは、三輪田の人柄をしのばせるものだった。」

 「『三輪田さん、出掛けるときも帰られたときも、必ずわたしたちに声をかけてくれました。沖縄に来るのは仕事ばかりで、たまには休暇で来たいよともおっしゃっていました。あの日の朝は、もう一人の方とレストランで食事して、携帯で電話をしているのを見掛けましたから・・・』そう語った女性は、傍らの女性に同意を求めた。『そうなんですよ。三輪田さんは、前日に一度、それまでの宿泊分を清算されました。27日の朝には、今日は帰れなくなっちゃったよ、もう一晩泊まるから航空券を28日に変えてほしいと言われて、手続きしたのは私なんです』」

 「わたしは二つのことを尋ねることにした。『あの朝三輪田は、部屋で休むから掃除はあとにしてほしい、と頼んだと聞いています。そのあと、出掛けたのを見られませんでしたか』この問いには、二人とも出掛ける姿を見ていない、と答えた。そして、最後の場所となったマンションまでの所要時間を聞いた。『那覇港のすぐ近くですからお客さんにも聞かれますが、歩いていくにはちょっと。みなさんタクシーを利用されますよ』」

 三輪田スカウトの遺族は夫(父)の死に不可解さを残しながらも、三輪田スカウトが亡くなって2ヶ月経過したころ、三輪田スカウトの死は労災認定が可能かもしれないと、労災申請を進める弁護士からの封書が届いたという。その弁護士の助言のもと、労災申請をした結果、申請してからわずか7ヶ月後の1999年8月25日、労働省と神戸東労其署は、三輪田スカウトがドラフト指名選手の入団交渉をめぐり過重なストレスを受けて自殺したとして労災認定が下りた。本書では、この経緯も、詳しく綴られている。

 スカウトの裏金問題では、三輪田スカウトの自殺以後、2004年には、巨人、横浜、阪神で、9日には、西武のスカウトが栄養費名目で総額約1300万円をアマチュアの2選手に供与していた問題が発覚し、球界への波紋がさらに広がりを見せている。球界の選手発掘のためのスカウト活動に、一体、何が問題なのか。本書は、その問題点を、探ってみたい人のために、参考になる一書である。

いくら労災認定が下りてもその人は帰ってこない。
残された家族のショックは、計り知れないです。
裏金問題といい、スカウトする人の会社からのプレッシャーはいくばくか。
その辺を考えればこんな制度は必要ないのではないだろうか。

(引用:ライブドアニュース)
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